愛郷---上信高原民話集(十五)

浅間山の赤鬼


 「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」

 「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」

 昔、昔、浅間山にものすごくでっけえ赤鬼がいたんだと。大飯ぐらいで一度に米を俵で五俵も食うんだと。子分の鬼どもは、赤鬼の飯の支度の時は大変だぁ。でっけえ鉄の鍋に米を研いで浅間山の火口にかけて飯を煮るんだと。飯が煮えて吹き出すと、すげえ湯気が雲になって天につっ立つんだと。飯の煮えっこぼれで、浅間山の半分から上は、草も木も生えねえんだと。それからなぁ、飯のおかずが大変だぁ。子分の鬼どもは、浅間山の裾野を駆け回り熊だの狸だの弧だの兎だのを捕ってくるんだと。それを浅間山の火口で焼いて赤鬼が食うんだと。その匂いは遠く甲州の八ヶ岳や信州の妙高山まで匂ったんだと。うめえ所を食って放り投げると、子分の鬼どもがその残り物を食うんだと。

 さんざん食って腹一ぺえになると、すげえ屁をしるんだと。プッキイン、ドッカアンとものすげえ音をしてしるんだと。赤鬼が屁をしるとそのたんび、鎌原平は砂と泥が巻かれてつむじ風になるんたと。前橋や江戸のれんちゅうは、浅間山がはねたと大騒ぎするんだと。飯を食って、屁をしった赤鬼は、黒斑山で昼寝をするんだと。赤鬼が昼寝をすると、またものすげえいびきをかくんだと。いびきは、六里ガ原の落葉松やならの木をゴォゴォゆさぶるんだと。

 冬が来てさぶくなると、足を浅間山の火口に出して暖まるんだと。

 またなぁ富士山にも、ものすごくでっけえ青鬼がいたんだと。富士山の青鬼は、山の獣はくわねえで、魚ばっかり食っていたんだと。

 魚はこなれがいいもんで、でっけい屁はしらなかったんだと。昼寝もなりが良くていびきもかかなかったんだと。

 冬が来てさぶくなると、富士山の火口は冷ていもんだから枕にして、足柄山に足を出して寝たんだと。

 ある日、富士山の青鬼が浅間山の赤鬼に「大飯ぐれえの赤鬼よぉ、山作りの勝負をしねえか。」といったんだと。「魚ぐれえの青鬼よぉ、おもしれえやってやるべぇ。」と赤鬼が応えたんだと。

 それで、明日の一番鳥の鳴くまでの勝負と言うことで始めたんだと。

 赤鬼はフゥフゥすげえ勢いでもっこを担いで泥を積み上げたんだと。浅間山はどんどん高くなり「もう俺の勝ちさ。」と赤鬼はちょっと一休みと寝てしまったんだと。

 青鬼はせっせせっせと少しずつ、休みもしねえでもっこを担いだんだと。

 やがて一番鳥が鳴いたんだと、赤鬼が目を覚まして見たら、富士山の方が高くなっていて青鬼が笑っていたんだと。

 赤鬼はくやしがり、そこらじゅうで地団駄踏んだんだと。

 赤鬼の踏んだ足跡が松原湖だの、あてる原の沼だのになったんだと。

 赤鬼は勝ったと思ってひともっこ積残して置いたんだと、それが今の小浅間なんだと。

 ひともっこ積み上げれば、なんでも富士山より高くなるんだと。

 赤鬼は今でもその時思い出しちやぁ、ときどき屁をしったり地団駄踏んでくやしかるんだと。

 「天気が定まったら、赤鬼に会いにいくべぇかな、青鬼に会いにいくべぇかな、もうすぐ夏休みだもんなぁ。」


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