愛郷---上信高原民話集(三)

猿の嫁さん


 「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」

 「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」

 昔、昔、今井村の山奥に石津っちゅう村があったんだ。白根の山に近いもんで、猿や狸や狐やうさぎやかもしかなんちゅう動物がしょっちゅういて、村人とたいそう仲良く暮らしていたんだと。

 ある日じいさんが、一人で一生懸命畑で粟を作っていたんだと。そこえひょっこり猿が来て「じいさん、一人じゃ大変だんべぇから手伝ってやる。」って言って、じんさんと泥まみれになりながら一生懸命仕事を手伝ってやったんだと。じいさんはすっかり嬉しくなって、うっかり「おらの家に女っ子が三人いるから一人嫁にくれるべぇ。」なんて言ってしまったんだと。さぁ、猿はすっかりその気になっちまって、「さっそく支度をして仲間を連れて迎えに来ます。」と、山の中へ帰って行ったんだと。じいさんは、はぁ、えれえ事を言っちまったと家に帰って飯も食わずに寝込んでしまったんだと。

 何にも知らねい三人の娘が心配して、じいさんどうしただと言ったんだと。それでじいさんが、実はこれこれしかじかで、おめえら嫁にいってくんねぇかと言ったんだと。そしたら、長女も次女も怒っちまったんだが、末の娘が「ほうでも、約束を破れば猿は怒ってじいさまを殺すかもしんねぇから、おらが嫁になってやらあ、なにも心配はいらねぇ、おらに考えがあるから。」と承知したんだと、猿はいよいよ嫁さんを迎えに、行列を作ってやってきたんだと、娘の風呂敷包みを猿の婿が持ち、行列は嫁さんを真ん中に山の奥へ奥へと入っていったんだと。途中、万座川の深い谷にさしかかると、なんと猿はお互いに足を持ちっこして猿橋を作ったんだと、嫁さんはその上を渡ってまた奥へ奥へと行くと、でっかい洞穴がありそこが猿の家だったんだと、中へ入ると、猿の大宴会が始まったんだと、次の日嫁は、さっそく猿に言ったんだと。「明日は、お節句だで実家にあいさつに行くんだ、それでじいさんが餅が好きだから、餅を作ってくんねだか。」と猿は嫁さんに嫌われちゃ困るとさっそく餅をついただと。そしたら嫁がまた言っただと「じいさんは、木の皮で包んだり、葉っぱで包むとくさがって食わねえからそのまま臼ごとかついで行ってくんねえだか。」と、猿は嫁さんに嫌われちゃ困るとしかたなく臼をしょって嫁さんと出掛けたんだと、途中の万座川は、猿橋で渡してもらって仲間の猿はみんな帰ったんだと、川のほとりで嫁が猿に言ったんだと「あそこの花がきれいだからじいさんのみやげにしたいが、取ってくんねぇか。だけど臼を下に置くと土臭くなるから、しょったままでおねげえ。」と猿は嫁さんに嫌われちゃ困るとしかたなくそのまま花を取ろうとしたら、臼の重さに足をすべらせて、あっちゅう間に万座川の濁流に飲まれて死んじゃったんだと。

 そこはなぁ、今でも猿が淵と呼ばれているそうだ。それからなぁ、猿は人を見ると白い歯をむき出して怒るようになったんだと。

「それからどうしただ。」、「さあ、歯を磨いて、はぁ寝ろや。」

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