愛郷---上信高原民話集(七)

熊四郎と大蛇


 「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」

 「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」

 昔、昔、大笹村に熊四郎という腕の良い猟師と二匹の犬が仲良く暮らしていたんだと。犬の名は黒毛のクマ、白毛をシローと言ってとっても賢く強い犬だったんだと。熊四郎はこの二匹の犬と一緒ならどんな猟場でも恐いもの知らずだったんだと。

 ある日、鳴保神社の神主が熊四郎を訪ねて来て「実は、万座の大蛇が暴れ出して、昼も夜もゴーゴー音がし、鳴保までも地響きがして村の衆も旅人もおっかながって万座を通れねえで困っているだ。お前様は、この近郷近在では一番の猟師と聞く、ぜひ大蛇を退治してくれねぇだんべぇか。」とたのんだんだと。万座の大蛇と聞きゃぁ、熊もひと飲みにするっちゅうくれえでっけい口で、水を飲むんだって自分で川に穴を開けて川が枯れる程ゴクゴク飲むちゅうし、うねって歩いた後は草も木もつぶれてふてい輪道が出来るし、なんせにらまれただけでたいげぇの動物は死んでしまうちゅう話だ。誰もおっかながって、そんな物を退治に行くやつはいっこうねえ。

 熊四郎もしばらく考えていたが、度胸が良いのか馬鹿っちゅうのか、「おらが、そこにいくべぇ。」と引き受けたんだと。

 それからさっそく熊四郎は一番張りの強い弓と猛毒のたっぶり浸めらかした一束の矢を持ち、頂いた嗚保神社のお札を胸にクマとシローを従えて万座に登ったんだと。

 万座に近づくと、話の通りそこらじゅうの木や草がなぎ倒されていて、川を見ると大蛇の水を飲んだ後か川に幾つも穴が開いていたんだと。こりやぁまぁ話の通りだとちょっと恐ろしくなったが、覚悟を決めて万座薬師如来にお参りをし、そばの岩穴に泊まる事にしたんだと。

 夜中になって雨が降りだして来て、だんだん強くなり雷も嗚りだしたんだと。しばらくすると雷雨の音に混じってシャーシャーという音がし、地面が少しずつ揺れ始めたんだと。「来たな。」と能四郎は弓をかまえ待ったんだと。突然稲光に照らされて岩穴の天井から大蛇が大きな口を開け真っ赤な舌をペロペロ出して迫ってきたんだと。熊四郎は毒息を避け矢を放った。一本目は反れたが、二本目は大蛇の右の目に刺さったんだと。怒り狂った大蛇が、かぁっと鎌首を持ち上げた時三本目の矢が大蛇の首に刺さったんだと。ふぅと大蛇かひるんだ時、間を置かずクマとシローが大蛇の喉元にかじりついたんだと。大蛇は振りほどこうともかいた、しかしどんなにもがこうと二匹の犬はかみついた喉から離れない、さすがの大蛇も矢と二匹の犬に喉をやられて苦しくなりガラガラ転がり、明神沢に逃げて行ったんだと。

 何時の間にか、雨も上がり青白い月の光が万座を照らしていたんだと。明神沢の奥でゴーゴーと言う音が小さく小さくなって、それからシーンとしてしまったんだと。

 熊四郎はまんじりともしねぇで夜の開けるを待って、白み出すと一目散に大蛇の後を追った。明神沢を抜けて破風岳の近くで、大蛇は死んでいたんだと。クマとシローも死んでいたんだと。熊四郎は、クマとシローをかついで薬師如来の所へ帰って来て、男泣きに泣いたんだと、クマとシローはその見晴らしの良い所に葬ったんだと。

 そこはその後、善光寺参りの途中や万座に来て行き倒れた者を葬る万座の乱塔場と呼ばれるようになったんだと。

 また熊四郎がたてこもった岩穴のある山は、熊四郎山という名が付いたんだと。

 大蛇は死んで居なくなったけれども今でも万座川に大蛇の開けた穴が幾つも残っているんだと。

 「生き物は、可愛がって餌は親に頼まねぇで自分でくれろよ。そうすりゃあ本当になついて可愛いもんだよ。」


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