愛郷---上信高原民話集(八)

弘法さんのさかさ杉


 「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」

 「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」

 今から千年も昔なぁ。弘法大師という、偉いお坊さんが、日本中に仏教を広める為に旅をしていたんだと。

 お坊さんは、不思議な力があって、日照りで困っている村には雨を降らせてやったり、井戸や清水を作ってくれたりして、国中の人から慕われていたんだと。

 ある日、お坊さんは、浅間山の六里の原を越えてはるばる嬬恋村にも立ち寄ったんだと。鳴保の神社まで来て、石段の横で一休みと、うとうとと昼寝をしていたんだと。そうしたら夢の中で、お坊さんの付いてきた杖が話しかけるんだと。「お坊さん、おらぁここが気に入った。おらぁこんなきれいな水のあるとこで暮らしたい。どうかこのままここにいさせてくんねぇだか。」と、お坊さんは、夢からさめてしばらく杖を見ていた。そして杖にこう話かけたんだと「紀州の権現様から頂いて今日まで幾日も世話になった。しかしお前は、杖になって突かれもう根からは水は吸えまい、柄から水を吸っても新しい命が宿るよう祈ってやる。」そういって、杖の柄を地面に突き刺し祈りはじめたんだと。

 不思議な事に、たちまち柄から根が生え、杖は一本の杉の木に変わったんだと。

 お坊さんは、鳴保の神社の神主にこの杉の話をし、世話をお願いして新たに神社から一本の杖を頂き、また旅に出ていったということだ。

 それから後この杉の木は、「弘法さんのさかさ杉」とか「弘法さんの千年杉」と呼ばれるようになったんだと。

 「早起きして、明日はかじか沢に魚でも釣りにいきていもんだなぁ。」


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