愛郷---上信高原民話集(十)

平松爺さんのすかし眼鏡


 「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」

 「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」

 昔なぁ、大前村に平松っちゅう人の良い爺さんがいたんだと。平松爺さんは家が貧乏で田んぼも畑もねえから馬引っ張って村の衆が焼いた炭を上田へ持って行き、帰りに頼まれた鎌とか鍬とかそれから油や魚なんかを運んで駄賃を稼いで暮らしていたんだと。

 ある日、いつものように平松爺さんが、上田へ炭を運んで頼まれ物を馬に積んだ帰り道。渋沢から峠道にかかると、馬が急にフゥフゥいって動かなくなっちまったんだと。「ほぉれ。」と、馬の尻っぺた叩いて怒り怒り峠道を登り茶屋に頼まれた干物の魚を降ろしたら、袋が破けていて魚が幾つかたんねぇんだと。平松爺さんは「どっかでひっかけちまったんだなぁ、申し訳ねぇ。」と茶屋にあやまり貰った駄賃から不足分を立て替えたんだと。おかしいなぁと思ったが、自分が悪いんだからしょうかねぇとあきらめたんだと。

 それからしばらくしてまた魚を頼まれて積んで帰って来ると、また袋が破けて魚が幾つかたんなくなっていたんだと。

 「申し訳ねぇ。」とまた平松爺さんは駄賃から不足分を払ったんだと。

 平松爺さんは、おかしいなぁと思ったが、自分が悪いんだからとあきらめたんだと。

 しばらくしてまた魚を頼まれたんだと。「こんだぁ気をつけべぇ。」と枝なんかにひっかからねぇように注意して峠を越えて茶屋まで来たら、なんとまた袋が破けていたんだと。人の良い平松爺さんも、不足分の立て替えで稼ぎは減るだし、おかしいだし困っちまったんだと。

 それで村一番の知恵者の神主さんの所へ相談に行ったんだと。その話を神主さんが聞いてから平松爺さんに「おめえのそれは、狐つきだ、きっと神川の明神淵の狐のしわざだんべぇ、おらがいい物を貸してやらぁ。」といって奥から古ぼけた眼鏡を持って来て「これは、この神社に伝わる霊験あらたかなすかし眼鏡だ。これで見れば弧や狸の姿がはっきり見えてだまされる事はねぇ。」とすかし眼鏡を貸してくれたんだと。それから神主さんはとげのいっぺえ生えたあくだらの木を杖にして行くようにと教えたんだと。

 平松爺さんは言われた通りにして、炭を積んで上田へ行き帰りに干物の魚を積んで帰って来たんだと。渋沢から峠道にかかると、馬が急にフゥフゥいって動かなくなったんだと。

平松爺さんは、神主さんに言われた通りに眼鏡をかけて馬を見ると、まるまる太った弧が馬の背中にでんと乗り、こっちが見えねぇと思って、魚の袋をバリバリ破っているんだと。平松爺さんはとげのいっぺぇ生えたあくだらの杖で「こん畜生、」とおもいっきり狐をぶっとばしたんだと。

 狐はぶっとばされて死にものぐるいで明神淵へ逃げていったんだと。

 それからは平松爺さんの魚の袋は破ける事は無くなったちゅう話だ。

 不思議なすかし眼鏡は神主さんの家の蔵に今でもあるちゅう話だと。

 「あくだらの木でふっとばされねぇように、良い子になって。はぁ寝ろやぁ。」


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