「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」
「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」
昔、昔、まだ嬬恋村なんて名のねえ昔なぁ、村は、えれぇ貧乏村だったんだと。
米なんか食える者は、名主様か金持ちのお大臣くらいだったんだと。
畑で取れる物は、粟と稗とそばぐれぇで、お金に出来る物はおかいこさまの繭を作るぐれいだったんだと。その繭だって浅間山がしょっちゅうはねて灰を降らせるもんで、良い桑の葉を食わせらんねえから、そんな良い繭は出来なかったんだと。
冬になりゃぁ、みんな炭焼きしてたんだと。それでも、盆や正月になりゃぁどうしてもちっとぐれい金がいるから、百姓は、お大臣に金を借りにいったんだと。
村に二人のお大臣がいてなあ、百姓が金を借りに行くとなぁ、一人のお大臣は「金、貸すから、いついつまでに返さなかったら、畑か山をもらうぞ。」といって返せなかったら、たちまち畑も山も家まで取っちまうんだと。もう一人のお大臣はおばあさんでお爺さんが亡くなってからは、一人はつまらねぇと村の衆と良く付き合っていたから、困って金を借りに来ると「いつでもいいよい。」と心良く金を貸してくれたり、貧乏人に着物や食物をくれたりして有り難がられていたんだと。
ある日大笹村の辺りに秩父の方から役人に追われて来たらしい泥捧たちが巣つくったんだと。村の衆や旅人をおどして追はぎなんかの悪さをしはじめたんだと。
泥棒達は、だんだんのさばって、お大臣の家にも盗みにはいったんだと。
おばぁさんのお大臣を刀でおどして金を出せといったんだと。おばあさんは、あわてねぇで「ご苦労さん、なんでも欲しい物があったら持ていっておくれ。ただ、わしの寝ている布団だけは残してくんねぇだか。」といい起きあがって「まぁ、お茶でも飲んでゆっくりしとくれ」といろりの鉄瓶から泥棒たちにお茶をいれてやったんだと。あんまりおばぁさんが親切にするもんで、泥棒たちはうす気昧が悪くなって、「ばあさんまたくらぁ。」といって何にも取らず帰っていったんだと。
幾日かたって、こんどはもう一人のお大臣の家を襲ったんだと。お大臣は前の話を聞いていたので、用心棒に村の衆を幾人か雇っていたんだと。雇われた村の衆は今までさんざん金の取り立てなんかでいじめられているから、おもて向きは「はい、はい」と返事はしても泥棒が来たらさっさと逃げっちまったんだと、「助けてくれ。助けてくれ」と、いくらお大臣が叫んでも村の衆もだぁれも助けに来る者はいなかったんだと。
泥棒たちは、金も馬もついでに寝ている布団まで盗って帰ったんだと。
泥棒たちはそれからしばらくこの村々を荒らしまわったが、また役人に追われていつの間にかいなくなったと言うことだ。
泥棒たちが巣つくった大笹村の坂道を今でも村の衆は泥棒坂とよんでいるんだと。
「さぶくなって来たから、布団にもぐってぬくぬくねろやぁ。」