愛郷---上信高原民話集(十三)

禅定坊主と梅の木


 「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」

 「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」

 昔、昔、今から四百年も前になぁ、大笹村に吾妻山無量院というお寺があってな、村人からも慕われ代々栄えていたんだと。

 いつからか禅定という坊さんが、お寺に弟子入りし何年か勤めていたんだと。

 ある日お寺の和尚が亡くなり、禅定が跡を取ることなったんだと。

 今まで真面目に勤めていた禅定は和尚になるとたちまち本性をあらわして、朝晩のお勤めはしねぇ、お寺の掃除もしねぇ、えていのしれねぇ女や遊び人をお寺に呼び寄せては酒盛りをする、どうしようもねぇ怠け者のなまぐさ坊主になっちまったんだと。

 たちまち、お寺は荒れ果てていったんだと。禅定は、代々お寺に伝わる中国渡来の象牙の置物から掛軸、しめいにやぁ仏様まで売って、酒盛りをしていたんだと。

 村の衆は困った困ったと言うものの、坊さん居なければ葬式ができねぇもんで、しょうがねぇと我慢してたんだと。

 禅定はその葬式だってたくさんお布施の貰える家は、最後までお経を読むけど、貧乏でお布施も出せねぇ百姓なんかの家は、半分も読んでくんなかったんだと。

 ある夜の事、禅定がいつものように酒に酔っ払って寝ていると、枕元で「これ禅定よ。これ禅定よ。」という声がするんだと。禅定が「なんだ。」と目を覚ますと、梅の花模様の着物を着たおばあさんが座って居るんだと。

 「ばあさん何の用だ、誰か死んだか。死んだら金持って朝こい。」と禅定がまた布団をかぶろうとすると、おばあさんが「なぁ、禅定や今からでも遅くはないから改心して仏さまにお経をあげ、毎日お勤めに励みなさい。さもないと今に仏さまの罰があたりますよ。」といってすぅっと消えたんだと。

 禅定は、くだらねぇ夢だと全然改心なんかの気はさらさらなくて、次の日もまた酒盛りをしてあそんだんだと。

 真夜中になってまた梅の花模様の着物を着たおばあさんかやって来て、禅定をさとし、またすぅっと消えたんだと。

 幾日もおばあさんが来たが、全然禅定は改心なんかちっともしねいで、とうとうお寺の釣鐘まで売ってしまったんだと。

 そして酒盛りをしながら遊び人仲間に、おばあさんの話をしたんだと。

 遊び人たちは「そんなものは弧か狸が化かしに来たんだから捕まえて食っちまえ。」とこっそり隠れて夜の来るのを待ったんだと。

 その夜、梅の花模様の着物を着たおばあさんがあらわれ泣きながら禅定をさとし始めたんだと。

 隠れていた遊び人たちは「この化者め。」といって、てんでに棒でおばあさんをぶったんだと。その時、メリハリバキン、と、ものすごい音がして、禅定も遊び人も気絶してしまったんだと。

 次の日、気絶から目を覚まして見たら、このお寺の建つ前からあった大きな梅の木が、本堂を襲うように折れていたんだと。

 禅定も遊び人もびっくりして、お寺から逃げ出して行ったんだと。

 そののちお寺は、荒れるがれるがままになりとうとう火事で無くなってしまったんだと。

 梅の木は折れた木の元から枝を出していまでも大笹のお寺を見守っているんだと。

 「なぁ、としよりの言うことにうそはねえ、今寝ると良い夢がみられるぞ。」


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