愛郷---上信高原民話集(二十)

狐の嫁いり


 「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」

 「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」

 昔、昔、宇平さんという、正直で働き者の馬方さんが、年老いたお母さんと二人っきりで暮らしていたんだと。

 宇平さんは、毎日雨でも雪でも風の日でも馬引っ張って、鳥居峠を行ったり来たりしていたんだと。

 一生懸命、馬引っ張って働いても、そんなにやあ金にならねえで、宇平さんはいつも貧乏だったんだと。

 貧乏な宇平さんは、はあ、三十七にもなるんだけんども嫁の来ては無えで、年とったおかあはいつも心配してたんだと。

 ある木枯らしの吹く寒い日になぁ、宇平さんはいつものように真田村に荷を卸して、早く帰るべえと、馬引っ張っていたんだと。

 渋沢を越えて下の沢にさしかかると、道端に女の人が苦しそうにうずくまっていたんだと。「どうしたんだぁ、だいじょうぶかぁ。」と、宇平さんが声をかけても、返事もできねえ程でこりやあ大変だと、宇平さんは馬に乗せていそいで家へ連れていったんだと。

 それからおかあと二人で頭冷やしたり、ふとん敷いてぬっくくして寝かしたんだと。

 朝になってちっと良くなったみてえだけど、まだあんまり元気じゃぁねえんで、もう一晩寝かしたんだと。

 次の日だいぶよくなったんで、女の人は、お礼を言って出ていくべえとしたんだと。

 そしたら、おかあが「もう一晩泊まっていけ。せがれもまだけえってこねえし、急にいなくなったら心配するからよぉ。」と言って、いろりにあたりながらいろいろ世間話をしたんだと。

 晩方、宇平さんが帰って来たら女の人が元気になっていたんで、自分事のようにうんと喜んだんだと。「おめえにこんな若いきれえな嫁さんが来たらええになぁ。」とおかあがぽつりつぶやいたんだと。

 次の日、女の人は二人にお礼を言ってから「もしおらで良かったら嫁に来てもええだ。」と言ったんだと。おかあも宇平さんも、本当かとびっくりしたり喜んだりしたんだと。

 「だけど、春の十三夜の晩まで待っててくんねえか。支度をしてきっと来るから。」と言って出て行ったんだと。

 長え冬が過ぎてやっと春になったんだと。おかあもすっかりその事は忘れてしまっていたんだと。

 春の十三夜の月が昇ったんだと。「今日は、ばかに峠の方がにぎやかだなあ。」とおかあと宇平さんが話していると、行列みてぇな足音が宇平さんの家の方へ近づいて来たんだと。「なんだんべえ。」とおかあと外へ出てみたら、提灯をつけた行列が家の前に止まったんだと。駕籠が開いて中からきれいなお嫁さんが降りてきたんだと。

 「約束通りお嫁に来ました。」とおかあと字平さんの手を握ったんだと。

 嫁さんを送って来た行列は、姥が原の方へ提灯つけて帰って行ったんだと。

 それから宇平さんは前にも増して一生懸命働き、お嫁さんもよく働いて、三人は幸せに暮らしたんだと。

 でもなぁ。お嫁さんは、十三夜の月の晩になると、何を思ってか遠く姥が原を見つめるんだと。そうすると姥が原に赤や青の狐火が小さくゆれながら炎えるんだと。

 「今日は十三夜だなぁ、灯り消して外見てみろ弧火が見えるだんべぇかなぁ。」


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