松島榮治シリーズ『嬬恋村の自然と文化』(八)

熊野神社の大杉

▲熊野神社の
“サカサスギ”

 成長したスギは、その容姿に神を思わせるものがある。このため神社の境内によく植えられる神木とあがめられる例が多い。万葉集の巻十三には、「神南備の三諸山に斎る杉」とあり神格化した杉に関する歌や故事は少なくない。

 門貝鳴尾の熊野神社境内にある“サカサスギ”は、弘法大師がこの地を訪れた際、使用していた杖をさしたところ根が生え、逆さに育ったと言う伝説をもつ。目通りの幹囲約8.5メートル、高さ約36.6メートルの巨木で、天に向かって伸びる幹は堂々として力量感に溢れている。また、下枝が垂れ下がり各所に気根がみられる。その樹齢は、社殿背後の岩壁(奥の院)に刻まれていた「文保3年」(1319)の銘から、少なくとも六百数十年を経たものと推定され、深山の厳しい環境の中に住む神仙の風貌を彷彿させるものがある。

 スギは、日本特産の常緑高木で、天然の分布は本州・四国・九州にみられるとされるが、本県での自然スギの状況などについては十分解明されていない。

 なお、裏日本のものは表日本のものに比べて、葉が一般に細かく、下部の枝が地に伏して根を下げる性質があり、裏スギと呼ばれている。

 こうした中で、群馬県内では国・県・市町村で天然記念物として指定されたスギは、現在16件を数えている。この中で熊野神社の大スギは、国指定の榛名神社の“矢立スギ”に次ぐ巨木であり、名木としても県内有数である。また、裏日本の自然スギの性質をあらわすものとして、学問的にも貴重である。

 樹齢六百数十年の熊野神社の大杉は、地域の人々と喜びや苦しみを分かち合いながら共存し今日に至っている。長い歴史の創造者なのである。また、嬬恋村の自然環境の豊かさを示すものとしても重要であり、昭和31年県指定天然記念物となった。

※この記事は広報つまごいNo.550〔平成9年(1997年)2月号〕に記載されたものです。

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