松島榮治シリーズ『嬬恋村の自然と文化』(十三)

シナ(科)のサユミ

資料館の隣地に
生えるシナの木

 シナと呼ばれる木がある。落葉の高木で、初夏の頃になると甘い香りを漂わせて小さな淡黄色の花が咲き、蜜蜂が群れる。

 現在あまり話題にならない木であるが、六合村には“品木”とされる地名があるし、信濃国の信濃は「シナの生えてる野」ともいわれる。嬬恋村には地名はないが実物がある。身近な例では、鎌原の創作館の東や延命寺跡の西側に接して、かなりの大樹がある。かつては何処でも見られた木であるらしい。

 一見何でもないような木であるが、実はかつては大変重要な木で、家の近くの畑の脇に植えられ大切に育てられていた。それと言うのは、木綿などが普及していなかった昔、シナの木の皮を剥いでとった繊維で、糸を紡ぎ布を織ったり、編み物をしたりしていたのである。民俗学の研究者都丸十九一さんの御教示によれば、それを“サユミ”という。

 先日、そのまぼろしの織物を求めて、山形県西田川郡温海町の関川集落を訪ねた。関川は、四方を山に囲まれた40〜50戸からなる雪深い山峡の集落であった。そこでは、伝統的な技術によって、日本最古の織物とされる“シナ織り”が、国指定の重要民俗資料として、今に伝えられているのを。目の辺りに見た。そして、昔ばなしには、

…おなごどもは じろ(囲炉裏)ばたで シナの木の皮を指の先で 細くせえたり 績んだり ひとはた分のヘソ(綜麻)たまっと よえ(結い)してシナよらねばねえ…

 とある。長い冬の間、女性達が共同作業でシナ織りに精を出していた様子が偲ばれる。

 現在、嬬恋村ではこうしたシナ織りの技術は伝承されていない。しかし、シナの木が、屋敷続きの畑の脇に大樹として存在することや、明治42年生まれの土屋長十郎さんによれば、シナの皮を剥いで繊維をとり、荷縄やショイビク(背負い袋)を作ったという。嬬恋の地にも、古くシナのサユミの技術と習慣のあったことは確かである。

※この記事は広報つまごいNo.555〔平成9年(1997年)7月号〕に記載されたものです。

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