松島榮治シリーズ『嬬恋村の自然と文化』(四十九)

ホタルのひかり

▲エェジリ地区のホタルの里

 中国の昔話に「車胤という青年がいた。彼は、家が貧しく灯油を買うことができなかった。そこで、ホタルを集めて、その光で勉強し、やがて、出世することができた。」とある。卒業式に欠くことのできない「蛍のひかり」は、この故事に基づいて明治初年に作詩され、スコットランドの民謡の曲にのせたものと言う。

 日本でも古くから、ホタルは「…玉梓の使いと言えば蛍成ほのかに聞きて…」など『万葉集』をはじめ、数多くの誌歌に詠まれた。また、近年では「蛍の宿」など、小学唱歌にも採用され、ホタルは初夏の宵の風物詩であった。

 ホタルは、ホタル科に属する甲虫類の中で、特に発光する種類を示すが、一般的には、ゲンジボタル、ヘイケボタルを言う。幼虫は水中に棲み、カワニナなどを食べて成長し、初夏に成虫となる。成虫は、主に夜間に明滅発光を繰り返しながら、近く遠く低く高く、音もなく乱れ飛ぶのである。

 その妖しげな仄かな光は、細胞内にあるルシフェリンなどの発光物質が、酸素と化合することによるとされる。一般的に雄は雌より明るく、そして著しく明滅し、その回数は、ゲンジボタルが一分間に70〜80回、ヘイケボタルは120回前後とされる。

 ホタルは、かつて嬬恋の各地にみられ、その名所とされる所さえあった。薄暗がりの中を、兄弟姉妹そして遊び仲間で、「ホーホー蛍来い、こっちの水は甘いぞ、あっちの水は苦いぞ、ホーホー蛍来い」と連呼した“蛍狩り”は今に懐かしい。

 そのホタルが、私たちの周囲から遠ざかって久しい。こうした中にあって「芦生田ホタルの会(代表小池茂治氏」は、かつてホタルの名所であった芦生田集落の東外れ、エェジリ地域において、絶滅に瀕しているホタルを保護し、増殖しようとする意義ある活動を、平成元年以降地道に続けている。

 今年もまた、エェジリの「ホタルの里」では、6月〜8月にかけての夕闇に、神秘的な光を明滅させながら、ホタルが飛び交うのである。

※この記事は広報つまごいNo.572〔平成12年(2000年)7月号〕に記載されたものです。

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