松島榮治シリーズ『嬬恋村の自然と文化』(六十九)

袋倉の獅子舞

▲「往時を偲ばせる旧庁舎」

 何故か『嬬恋村誌』などにも記載されていない「袋倉の獅子舞」が積雪の中、時折小雪の舞う2月18日の夜、袋倉の住民をあげて実施された。この日は朝から住民が「生活改善センター」に集まって、万灯を作るなど準備に当たった。午後からは、獅子舞を演ずる消防団の人達も集まり、酒で身を清めるなどその支度を整えた。

 午後6時を期して改善センターを出発した一行は、先導者、続いて獅子、その後に鉦や鐃鉢、振鈴などを持った囃子方、そして随行者、最後尾に“おひねり”などを受け取る“門付け”に編成され、各戸巡回の態勢を整えて門口から玄関へと進む。

 各戸の玄関へ達すると、獅子は屋内に向かって身構える。先導者が「ガラッ」と戸を開け「東西東西 去年と相変わらず まったまったの 大頭がやって参りました 隅から隅まで悪魔をおっ払います お払ったなら 明日の酒代をたっぷりと」と威勢のよい口上を述べ、獅子は舞い始める。

 二人立ち一匹獅子は、頭を大きく左右に振って派手に舞う。通常は玄関で舞い終えるが、場合によっては家に上がり込み、家人の頭を大きな口で「ガブッ」とかじる仕種を演ずる。面白がって、はしゃぐ子もいれば、怖がって顔を引きつらせる子もいる。中には「ご苦労さん」と酒を振る舞う家もある。一行は、程よく酔いしれて一段と活気を増す。こうして上袋倉、下袋倉の順に64戸の家々を巡り、午前零時頃、無病息災と豊作を祈る袋倉の獅子舞は無事終了した。

 この袋倉の獅子舞も時代と共に大きく変化した。かつては“初午”の行事であった。獅子は“箕”などを利用して頭とし、空き缶で眼をつくり周囲を色紙で飾ったものであった。演ずる者もムラ内の特定の若者であったと聞く。また、その一行に女装した人物や馬の頭を表現した物を持った人が付き添ったとも言う。

 袋倉の獅子舞は、村内の他の獅子舞と異なり、社寺の祭礼などとは別に、季節の節目である初午に、無病息災と豊作を祈願して行うところに特色がある。

 こうした特色ある袋倉の獅子舞は、内容的に多少変わっていても、何十年となく続けられ今日に至っている。そこには、袋倉住民の熱い思いが込められている。また、この伝統的行事を継承することによって、地域の絆が強まっていることも確かである。

※この記事は広報つまごいNo.592〔平成14年(2002年)3月号〕に記載されたものです。

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