松島榮治シリーズ『嬬恋村の自然と文化』(七十二)

大前の獅子舞

▲神前蜀山人(大田南畝)
〔文学書より転載〕

 八十八夜は、農事の節目とされるが、春の訪れの遅い嬬恋ではやっと春めいてくる。この日大前の諏訪神社では、春の祭典が行なわれる。そして、この日とその前日には獅子舞が奉納され、次いで“道びき”とされる獅子舞の区内巡行があり、大前集落は祭り一色に包まれる。

 大前の獅子舞は土屋澄孝氏によると、大正1、2年頃、信州真田から師匠を招聘して伝習したものという。

 その構成は、獅子頭と後持ちからなる“二人立ち一匹獅子”である。獅子頭は、仮面的なものではなく、顔面だけの“飾り獅子頭”とされるものである。後持ちは、花の柄を表した布を破り、獅子の後脚となると同時に、布を後方へ引っ張り獅子の胴体を表しながら、獅子頭と共に舞う。その演目には「幕の内」「切笛」「御幣」「宮おろし」「道びき」などがある。

 囃子方は、一人で打つ太鼓と締太鼓、10人ほどで吹く笛、そして、獅子歌の合唱者によって構成され、舞はこれらの囃子方によって進行される。また、踊り場を囲んで、区長や祭典委員などが、そろいの花笠と半被姿で舞を見守ると同時に、区内巡行の際には先導し随行する。

 演目のうち「幕の内」は、神前奉納舞として重要視され30分を要し、この間、熟練した演者が、静かながら力の籠った舞を舞う。次いで、「切笛」「御幣」へと移り、動的な余興的な舞へと推移し、これが15分間ほど続き、神事芸能的な舞は終了する。この間、演目ごとに、相づち風の囃子言葉や、ところどころにやや性的な野卑な獅子歌も挿入される。

 神前での舞が終わると、いよいよ「宮おろし」となる。30度近い66段の急な石段を、屋台が獅子頭を先頭にして、変化に富んだ笛の囃子に合わせて、参加者総掛かりで引き下ろされる。その状況は正に圧巻である。

 下ろされた獅子舞の一行は区内巡行に移る。巡行は昨今の交通事情から、「道びき」の舞は、細原の天神宮近くで行なわれるだけである。巡行中の獅子舞の一行は、役場構内をはじめ国道に沿って7箇所で行われ、その際、婦人会や若妻会の民謡調の踊りが華を添える。また、所によって、小学生の「小獅子」中学生の「中獅子」も加わり、この伝統的行事を一段と盛り上げている。

※この記事は広報つまごいNo.595〔平成14年(2002年)6月号〕に記載されたものです。

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