松島榮治シリーズ『嬬恋村の自然と文化』(七十七)

大笹の獅子舞

▲踊り場にて「御幣の舞」

 『東海道中膝栗毛』の作者として著名な十辺舎一九は、『続膝栗毛』の中で、「大笹の駅にいたる。此処はいたって繁昌の地にして、商家あまた軒をつらね…」と記し、大笹宿の賑わいの様子を記している。

 この大笹の地で、獅子舞が始まったのは、今からおよそ300年前と伝えられている。しかし、その獅子舞はいったん衰微し、再び獅子舞が行なわれるようになったのは、明治の初めの頃とされる。若者有志が長野県真田町の十林寺で行なわれていたものを習ってきて始めたとされ、それが現在に継承されているという。

 大笹の獅子舞は、毎年9月16日・17日の両日に行なわれる。16日は大笹神社の宵祭りであり、17日は奉祭日である。この日、神社に集結した獅子舞の集団は、神前での“お清め”の後、区内のお練り(道行き)へと移る。お練りは、カサボコを先頭に、レンガク灯籠、獅子、屋台、囃子方、そして付き人で構成される。揃いの半被姿は賑わしい。

 お練りの道順は、神社から国道に沿って西進し、ムラはずれでUターンし、迂回しながらムラ中を東に進み、ムラの東端部を経て神社へ戻る。道中、笛や太鼓によるお囃子も演ぜられ、獅子舞の雰囲気はいよいよ高められる。

 途中、公民館庭など6ヵ所で舞の奉納があり、神社での舞が納めの舞となる。獅子は“二人立一匹獅子”で、悪魔払い、家内・村内安全、五穀豊穣を祈願するものである。舞の演目は、笛の曲目に準ずるもので、「幕の内」「御幣の舞」と続き、その後「獅子舞唄」となる。

 獅子舞唄は

<ヤレナ皆三尺のおのさをもって
 悪まはろうめでたいな
 ・・・中略・・・
 お村もはんじょう ヤレセソラ
 いまひとつにゆうことが
 ゆうべも三ばんぐつすりと
 まくらをなげて木曽の谷川へ
 もみじを散らす ソーレバドンドコ>

と歌われる。これが終わると獅子は、持っていた幣束や鈴を投げ出して激しい動作を行い、舞は一段落となる。その後、“ハナ”(祝儀)紹介の口上がある獅子はこれに答えて「シャンギリの舞」を行なって終わる。

 大笹の獅子舞は、かつて「丸一団」と称する太神楽の一派によって、維持・管理されていたと言う。それだけに舞や囃子に古典的な獅子舞に見られない要素がある。大笹宿の賑わいを反映させたものであろうか。

※この記事は広報つまごいNo.600〔平成14年(2002年)11月号〕に記載されたものです。

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