松島榮治シリーズ『嬬恋村の自然と文化』(九十一)

石樋を訪ねる

▲石樋の清流

 川の流れは従順で、地質や地形によって、流路を変えたり、淵を造ったり、時には滝になって落下する。また、固い基盤に遭えば平坦な川床を形成し、そこに、甌穴を穿ったりして、千変万化を現出させる。

 バラギ高原の東海大研修センターの西方約1キロ、馬洗井戸川の支流宇田沢の標高1,480メートル前後の地に、村指定天然記念物“石樋”がある。樋とは、本来屋根を流れる雨水を受け集めて地上に流す装置を言うが、別に、交差した屋根の相合うところを谷樋とも言う。石樋の名称は多分それによるものであろう。

 この石樋を訪ねたのは、9月12日のことであった。資料館の熊川紀世彦主査と筆者の他に、今回は教育委員会事務局から黒岩則行係長、土屋和彦主査などが指定地域の測量のため加わった。東海大学研修センターの駐車場まで乗用車を使い、そこからはカラマツ林の中の自然歩道を辿り、40分ほどで現地に到達した。

 眼前に展開した石樋の景観は特異なものであった。山間の渓流が最大幅14.5メートル、長さ300メートルにも達していた。せせらぎとなって流れ下る随所には甌穴状の窪みも認められ、そこには、サンショウウオが這い、イワナの稚魚も見た。また、両岸の岩肌には大文字草の咲き競うのを見た。

 その成因については、上流にあっては、岩屑層をV字状に侵食して流れ下った渓流が、基盤となる固い安山岩層に遭って、V字状の侵食が不可能となり、左右両岸への水平的な侵食になり、その結果、このような平坦な川床が形成されたものと思われた。なお、固い安山岩層が終わると再びV字状の渓流となり、その境目には魚止の滝のあることも知った。

 こうした特異な雰囲気の中で、一人離れて岩上に横たわり、しばし、瀬音を耳にしながら碧い空を仰いだ。瞬時ではあったが、自然の恵みを感知すると共に、川で遊んだ少年の頃を追慕した。そして、改めて人は自然によって生かされている事を知った。

 天然記念物“石樋”は、ただ、その物だけを保護するのではなく、その成因や意義をきちんと理解した上で、区域内に生息・成育する動植物を含めて保護対象にとする必要がある。そして、もっと地域学習や地域づくりに活用されなければならないと感じた。

※この記事は広報つまごいNo.614〔平成16年(2004年)1月号〕に記載されたものです。

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