Sorry, your browser doesn't support Java(tm). 日進館の奥には万座温泉象徴の山、熊四郎山が悠々とそびえたっています。熊四郎山はもともと日本百名山の一つ、草津白根山の連山です。約200万年前から活発化した那須火山帯の火山活動の影響で万座付近の白根連山も約140万年前、造山活動の連鎖爆発がありました。

熊四郎山の他、周辺の志賀高原のシンボル・笠岳や、奥志賀高原、苗場山などもこの時期に形成されました。その頃の上信越は至るところで火山が爆発し、それこそ地獄のような光景だった事でしょう。熊四郎山は現在の山の姿から見ても解かる通り非常に粘り気のある溶岩で形成されました。

志賀高原方面・山田峠から万座を見た風景は、手前に万座温泉、奥の方に日本百名山の一つ、四阿山が見えています。この写真から見ると万座温泉はすり鉢状の、盆地のような地形になっており、特に日進館付近は最も低い位置にあります。要するに当館の離れである日進館付近は旧熊四郎火山の火口底であったと考えられる訳です。やがて、今からおよそ8000年前、日本各地であった地殻変動によって旧熊四郎火山の一部が崩壊し、崩れた方面に向って万座川が生まれました。それで四阿山から見た万座温泉はちょうどスノーボードのハーフパイプのような形状になっているのです。

草津白根山とは、白根山・本白根山・逢の峰の三山を総称した名前です。当館から白根山の駐車場までは車で約10分です。志賀草津高原ルート最大の観光スポットとなっており、火口には湯釜と呼ばれる美しいエメラルドグリーンの火口湖を湛えています。

しかし白根山は現在も活動中の活火山です。この映像は昭和57年の水蒸気爆発の様子です。明治以降の噴火はこのような水蒸気爆発ですが、約3000年前まで草津から万座への途中にある殺生ヶ原や振子沢溶岩などを流出しております。この山も今後数十万年を経て山の一方がくずれ、そこが万座川ならぬ白根川となったら、あなたの子孫は白根温泉で湯治をしているのかもしれません。

さて、また熊四郎山と日進館の映像に戻りますが、山の中腹部に鳥居のある岩窟をご覧ください。アップしてみましょう。この熊四郎岩窟からはなんと約3600年前の縄文時代末期または弥生時代初期の土器や矢じりが発掘されています。万座温泉は自噴の温泉のため古くから古代人、つまりはアイヌ人が利用していた事がわかっています。マンザとはアイヌ語で「神々が集う地」や「祭事を行う聖なる地」を示します。

…さてここまでに嬬恋村にある日本百名山が二つ出てきました。四阿山と草津白根山です。そして嬬恋村のもう一つの日本百名山はこの山、上信越最高峰・標高2568mの浅間山です。浅間山は古代人がこの地にやってきてからもたびたび噴火をしている新しい山です。それでアサマとはアイヌ語で「火の山」を意味するそうです。

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